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2004年を振り返る |
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| 「UMA TOWN」にとっての2004年。それは記憶に残る思い出深い一年であった。ここではその一年を振り返り、思い出に浸ることにしよう(笑) | |||||||||
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| 第一章 地方競馬と「UMA TOWN」 | |||||||||
| 2004年の「UMA TOWN」を語るうえで、地方競馬との関わりは忘れることができない。地方競馬の取り巻く現状はあまりにも厳しく、各地で廃止、ないしは廃止に向けた動きが盛んであった。その中で、いかに地方競馬の良さを伝えていくか・・・そんな命題と立ち向かった一年でもあったと思うのだ。 | |||||||||
| 1月2日、「UMA TOWN」にとってのこの年最初の企画が「高知競馬観戦記」だった。デビュー以来100連敗というハルウララがブームになったその時、ハルウララ101戦目をレポート。そして高知競馬の魅力を伝えるために番外編も作成し、これがこの年の「UMA TOWN」の新しいスタイルとして定着するパターンとなった。 | |||||||||
| 特筆すべきは3月22日。この日は「UMA TOWN」の開設2周年の記念日でもある。この日は高知競馬場で全国が注目する大イベントが敢行された。全国的なアイドルとなったハルウララが武豊騎手騎乗でレースに出走するというのだ。そこで、高知競馬場から生の臨場感をリアルタイムでネットに配信するという「高知競馬ライブレポート」をお届け。テレビ中継も地上波全国版では生でしていなくて、高知競馬の公式サイトもダウンしてしまった中、ネット上においては世界でもっとも早くハルウララのレース結果を速報することができたと自負している。その日の模様は後日、「高知競馬観戦記・黒船賞他」「ハルウララ106戦レポート」として公開した。 | |||||||||
| ハルウララのフィーバーは2004年前半の競馬界では大きな出来事であった。多くのマスコミで取り上げられ、それにともない、ネット上においても賛否両論を巻き起こす騒ぎでもあった。直接、ハルウララのフィーバーを目の当たりにした私だからこそ書ける何かがあるのではないかと思い、緊急書き下ろし「ハルウララ、誰の為に走るのか?」をアップ。 | |||||||||
| 高知競馬以外に目を転じてみると、アラブ系競走にも注目した。アラブ系競走は衰退の一途にある。この流れを止めることはもはや出来ないところまで来ている。そんな今だからこそ、日本競馬の礎を築いてきたともいうべきアラブ系競走を見つめなおす必要がある。アラブの聖地である福山競馬をたびたびレポートし、その魅力を伝えた。「福山競馬観戦記7月18日」「福山競馬観戦記8月15日」 そして、アラブの怪物・クロイチョキンバコについて、キャンペーンを組み、その強さを示した。「第25回銀杯」「第30回金杯」「クロイチョキンバコの蹄跡」「クロイチョキンバコ写真館」。残念ながら、故障のために引退したが、彼の残した功績は決して小さくない。 |
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| 飛んで九州、熊本・荒尾競馬にも足を伸ばした。高知のハルウララは負け続けて人気になったが、ここ荒尾には勝ち続ける馬がいた。キサスキサスキサスである。連勝記録は24でストップしていたものの連対記録は継続中だったこのとき、余裕の圧勝劇を目の当たりにして感動したものだった。「荒尾競馬観戦記」 また、この時の苦労話は姉妹サイト「TAM TOWN」の「続・福岡出張レポート(舞台裏)」で紹介している。 |
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| 地方競馬は生まれ変わろうとする過渡期なのかもしれない。ライブドアの地方競馬経営参入もその一つだろう。随分と前に書いたものであるが、「地方競馬の生きる道」・・・やはり生きる道はこれしかないのかもしれない。先見の明があったすだちに乾杯(自画自賛(爆) | |||||||||
| 第二章 中央競馬 | |||||||||
| 中央競馬の観戦としては京都にしか行っていないのだが・・・。アグネスデジタルの引退式に立ち会った。アグネスデジタルは知る人ぞ知る、我が「UMA TOWN」の功労馬でもある→「アグネスデジタルを応援しよう」。そしてこの日の日経新春杯の模様も。また、恒例の番外編も。 | |||||||||
| 再び京都競馬へと赴いたのは「きさらぎ賞」の日。勝ったのはマイネルブルック。その後、ダービーに出走した彼には悲劇が待ち受けていた・・・。ネオ馬語録に彼への追悼文を書いた↓ | |||||||||
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| さて、「きさらぎ賞」当日の番外編では吉野家騒動も話題に。社会派のネタにも果敢に挑んだ「UMA TOWN」だった(笑) | |||||||||
| 実際の競馬場観戦以外でも、レポートは存在する。その日、たったの900円しか無いなかで、いかに馬券を楽しむかを考察した「あぁ900円レポート」。仕事が終わってウインズへと走ったダービーデー当日の興奮を伝えた「嗚呼、ダービーよ」 | |||||||||
| 第三章 競馬法改正とヤフー | |||||||||
| 2003年から2004年にかけての年末年始、この時に「独り言」にこんなことを書いている↓ | |||||||||
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| 競馬法の条文を載せているサイトは数あれど、その解説をしているところがない。だったらうちで解説付きを作ろうってことで構想から作成まで2年をかけたビック企画であった。どこも作ってないってことで、グーグルの検索でも上位にヒットするページとなり、ついにはヤフートピックスのニュースの中で使われるという光栄な出来事にまで発展した | |||||||||
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| ↑これが、ヤフーに掲載された「UMA TOWN」(なぜが綴りがUMA TOWM」になっているのだが(爆) それはさておき、このようなメジャーな扱いをしていただいたことに感謝しきりである。これで気分をよくしたすだち(笑)は、さらに図に乗って「改正競馬法の解説」までも作成。こちらもグーグルでは上位にヒットするページとなり、珍しいページということもあって、多くのサイトからリンクを貼っていただいているようでとても感謝しているところである。 リンクを貼っていただいているサイトの一部を紹介しておく。 (↓以下は外部リンク↓) 「笠松競馬を未来へつなごう」→「他場存続関係資料」 「takash Factory」 (↑以上は外部リンク↑) |
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| また、競馬法以外でもヤフーに取り上げられたことがあった。それは有馬記念の記事の中だ↓ | |||||||||
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| 「49年の歴史には、数々の伝説が刻まれています」 この文章の「伝説」をクリックすると、うちのサイトの「伝説の有馬記念」に繋がっているというとんでもないことになっていた(爆) 内容的にいうと、たしかに過去の有馬記念の回顧ではあるのだが、すだちの主観が大きく入った内容であり、ヤフーのこのような項目に入れてもらうことが果たして妥当なのか・・・という不安も多々あったわけだが、ヤフーが勝手にリンクしたものなので、すだちの責任ではないことを記しておく(笑) それにしても、このリンクが貼られていたのはわずかに一日であるのだが、そのわずかな時間にページビュー数は5000カウントを超え(しかも途中からのカウントなので実際数は不明)ヤフーの底力をマザマザと見せつけられた・・そんな出来事であった。 |
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| 第四章 娯楽としての「UMA TOWN」 | |||||||||
| 競馬専門を謳ったサイトとして、競馬に関しての娯楽性をいかに持たせるか・・・そこで作成したのがクイズの部屋だった。UMA TOWNをどれだけ見ているかを判定する「UMA TOWNテスト」はかなりトリッキーな問題が多く、たくさんの人たちを苦戦させたが、なかなかの通もいるもので合格者も出たことは嬉しい限り。 競馬クイズは誰もが楽しめるように初級から上級まで用意。かなりハイレベルと思われた上級でも合格者が続出したことにはビックリしたものである。 |
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| 人工無能を搭載したチャット「スダ子toチャット」も作成。さらにパワーアップした「スーパースダ子toチャット」。その独特のスダ子キャラは多くの人を翻弄した(笑) | |||||||||
| すだちが暇をもてあまして作った「うまぁたうん」。だからなんだと言われたらそれまでだが、ツボにハマった人も多くいたようで、作ったかいがあったと思っている(笑) | |||||||||
| さて、競馬サイトとしては有名どころである「netkeiba.com」(外部リンク)のリンク集に入れてもらった。↓ | |||||||||
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| そこでの紹介文には「競馬を一つのエンターテイメントとしてとらえ、競走馬にまつわる話や思いを綴るコラムを掲載。アドマイヤグルーヴの応援ページもある」とある。アドマイヤグルーヴの応援ページといってもあるのは「アドマイヤグルーヴ私設応援隊宣言」と「アドグル2002年」の二つしかない・・・。こんな紹介文を作っていただいた以上、このままじゃいかんだろってことで「アドマイヤグルーヴ2003年を振り返る」と「母エアグルーヴ物語」を慌ててアップしたり(笑)・・・これは余談でした(プッ | |||||||||
| もう一つ余談をいうと、荒尾競馬に行った折に、佐賀県のエンドレスファームを訪問。グリーングラスのお墓参りと、ミスターボーイに会わせていただいた。 | |||||||||
| 終章 「UMA TOWN」とこれからの競馬 | |||||||||
| 「UMA TOWN」開設の当初の目的は「お初〜」に書いた。一頭でも多くの馬のことを紹介したい。そして、競馬の面白さ、奥の深さ、そういったものを少しでも広めることに貢献できたなら、この上ない幸せなのである。 昨年末、高碕競馬(外部リンク)がその81年の幕を閉じた。競馬を取り巻く現状は決してよい状態とはいえない。競馬復興への道、その険しい道の中で「UMA TOWN」はいったい何が出来るのか? それを模索しながら、これからも進んでいきたいと思っている。 |
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2005/01/02 |