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ハルウララ
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| 2004年4月13日 |
| 赤字にあえぐ高知競馬。多くの地方競馬が廃止されていくなか、高知競馬も「廃止論」が囁かれ始めていた。 単年収支が一度でも赤字になったら「廃止」・・・ そんな絶望的な状況を一変させるためには、もう奇跡を待つしかなかった。その奇跡は思わぬところから現れた。 ハルウララ・・・高知競馬を甦らせた奇跡の馬。 |
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| 競馬ブームは、名馬の登場によってもたらすものだ。それは時として、中央の華やかさからは程遠い地方競馬から現れる。国民的アイドル・ハイセイコーは大井競馬から、オグリキャップは笠松競馬から・・・。そして、新たな名馬は、この高知競馬に現れた。 | ![]() |
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| ハルウララの単勝馬券は「当たらない」ことから交通安全の御守りになるという・・・ |
| ハルウララが全国に知られるようになったのは、去年の夏のことになる。「負けても走り続ける馬がいる・・・」と地元紙が伝え、それを全国紙が取り上げられた。そして、フジテレビ朝の番組「とくダネ」で、小倉智昭氏が自身のオープニングトークで、この記事を取り上げた。ここから先、ハルウララの一走一走が一般のニュースで取り上げられるほどの社会現象へと発展していく。 |
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前述のハイセイコーにしても、オグリキャップにしても、彼らは勝ち続けることによって国民的なアイドルとなった。しかし、ハルウララは逆に負け続けることで人々の心を掴んでいった。 | ||
| 多くのマスコミが取り上げるようになり、高知競馬場へのツアーまで組まれるように。気が付けば彼女は「負け組みの星」などと呼ばれるようになっていた。ハルウララがこれほどまでにブームになったのは、「リストラ、自殺、殺伐とした事件など、前の見えない暗い世相を反映したもの・・・」と。 |
| 「負けても負けても健気に走るハルウララ」 その頑張る姿に人々は涙した。 |
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| 101戦目のハルウララ |
| ハルウララブームはマスコミが作り出したものだという人がいる。あるいは、「勝ち続けることが絶対の競馬において、負け続ける馬が人気になるのはおかしい」と。特にもともとの競馬ファンの中には、このような考えを持つ人も多い。たしかにその通りかもしれない。本来なら淘汰されるべき馬なのかもしれない。 |
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2004年3月22日、JRAの武豊騎手がハルウララに乗る。彼は自身のホームページで、このハルウララ騒動について次のように書いている。 | ||
| ハルウララ106戦目、武豊騎手とのコンビが実現。当日のデイリースポーツでは裏一面がこの話題 |
| 「・・・ハルウララについてはあまりにも異常な騒がれ方で、正直なところ辟易としています。その日、ボクが楽しみにしているのはあくまでも黒船賞のノボトゥルーの騎乗なのです。競馬が、競馬をよく知らない一般の方の話題になって盛り上がることについては大いに歓迎なのですが、生涯で一度も勝ったことがない馬が、GIレースを勝った馬達よりも注目を集める対象になるというのはどうにも理解し難いものがあります」 |
| 武豊騎手のこの発言には賛否あるのだが、彼は彼の立場として当然の発言をしていると思う。勝負の世界に身を置く者にとって「勝つこと」が絶対。彼らにとって本来、「負ける」ことは「死」にも等しいことなのだから。 | ![]() |
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| ハルウララと武豊 |
| この日、高知競馬場は1万3000人もの入場者を記録した。競馬場に入れなかった人も多数いた。一度も勝ったことのない馬を見るために・・・ |
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ハルウララがコースに登場すると、場内から拍手が沸き起こった。みんながハルウララに声援を送っている。姿を見ただけで涙を流す人さえいる。 結果は負けたが、誰もがハルウララに暖かい拍手を送った。 |
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| 何があっても一面はジャイアンツネタのスポーツ報知さえも、翌日の一面はハルウララだった |
| ハルウララが何故ここまでブームになったのだろうか? その本当の意味とはいったいなんだろうか? |
| 106戦当日、高知競馬場の前には多くの人々が集まっていた。私もその中にいた。そして、一人の女性に出会った。彼女は競馬場に来るのは初めてだという。馬券すら買ったこともないと。そんな彼女は、いったいなんの為に高知競馬へやってきたのだろうか? 彼女はこう言った・・・ |
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| CD「ハルウララの詩」・・写真は全国発売される前の、高知競馬場限定バージョン |
| 「亡くなった息子が競馬が好きだったんです。今日は、息子の写真を持ってきたんですよ。息子にハルウララを見せたいんです・・・・」 |
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こんなニュースもあった・・・ 「僕も将来は、馬の世話をする仕事に就きたいねん」 不登校の中学生がハルウララの姿に励まされて、前向きに歩み始めたという話・・・ |
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| この日、特設の放送席もセッテングされていた。高知競馬始まって以来の出来事ではないか? |
| 人間関係に疲れ、うつ病になったサラリーマンが、ハルウララの姿を見て、もう一度生きてみようという話・・・ ガンで苦しむ人が「ハルウララも頑張ってるから」と手術を決断したという話・・・ |
| そういえば、現地では体の不自由な 人たちも沢山いた。車椅子に乗った人たちが、必死にハルウララの姿を追っていた。 |
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| ハルウララマグカップ |
| ハルウララのメッセージ それは、「今を懸命に生きる」ということではないか? 負け続けていることばかり報道されているが、勝ち負けではなく、懸命に生きる姿・・・これが今の日本人の追い求めているものではないか? 人々が忘れかけていたその「姿」を、四国の片隅の小さな競馬場の一頭の小さな牝馬が体現してくれたのではないか? |
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ハルウララは一生懸命に生きている。そして彼女を支える関係者たちも、ともに走る馬たちも、廃止寸前の一地方競馬場も・・・みんな一生懸命だった。だから輝いて見えるのだ。 | ||
| DVD「ハルウララ物語」テレビ高知映像制作 |
| ハルウララの馬券が飛ぶように売れて、いつも一番人気になる。一度も勝ったことの無い馬の馬券が一番人気になる・・・ギャンブラーたちにとって不可解な現象が起きている。 これからの競馬はギャンブルファンだけで支えていくには限界が来ている。競馬を一つのレジャーとして捉えていくこと。これが日本の競馬の将来像なのではないだろうか? かつて、馬は生活には欠かせない存在だった。それが戦後、だんだんと馬と人との関係は希薄になっていった。これからの馬事振興を考えるとき、競馬をいかにしてそれを「文化」として捉えるかが大切になってくる。馬が身近な存在として人々に受け入れられること・・・これが重要なのだ。 高知競馬場には、子供たちが遊べるスペースがある。そこで遊んでいた子供たちがハルウララが出てくると、遊ぶのを止めてハルウララの応援を始める。 「ハルウララ〜〜、頑張れ〜頑張れ〜」 競馬が馬事振興の一つの「文化」になろうとしている姿が高知にはあった。地方競馬の生きる道がここにはある。この流れを大きな幹にすることができるかどうか・・・・我々は、今一度考えなければならない。 |
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| 画像等の無断転載禁止 2004/04/13 |
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