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1993年5月9日、東京競馬場
ダービートライアル・NHK杯(GII)
すだちは、このレースで1頭の馬に注目していた。タマモクロスの初年度産駒、グロリークロス。
母の父がシンザンという内国産馬ファンにはたまらない血統の馬だ。
ぱっとしないレースが続いていたのだが、前走の500万クラスの特別戦でたしか33秒台の脚を使って勝った。
主戦の南井騎手はこう表現する。
「鬼脚」と・・・
そして、このNHK杯に出走してきた。
ミホシンザン産駒のマイシンザンに次ぐ2番人気だ。
いつものように後方からの競馬をするグロリークロス。いつ「鬼脚」が炸裂するのかワクワクしながらテレビでレースを見ていた。
3コーナーを過ぎて後方のグロリークロスは、すっと外に持ち出して上がろうとしている。
「鬼脚」炸裂だっ!
そう思った瞬間だった。
馬はバランスを崩しながらコースを大きく外れていった。
「グロリークロス競走中止ーー!」
実況者の叫び声が空しく響いていた。
レースが終わり、カメラは4コーナーを映し出す。
そこには、呆然と立ち尽くす南井騎手と、痛みにもがき苦しむグロリークロスの姿があった・・・
「鬼脚」を記録に残すことなく、グロリークロスは天へと駆け上がっていった。
伝説を生み出すにはあまりにも短すぎる一生だった。 |