涙の雨

スギノハヤカゼ

ネットで競馬情報を検索していたときに見つけた彼の名前。ひさびさに再会したその名前に続く言葉はあまりにも無情なものだった。

「スギノハヤカゼ、急死」・・・

 

1998年5月24日
この日、彼の姿は中京競馬場にあった。GIとなって3年目の高松宮記念に出走するためだ。
一昨年、中日スポーツ賞を勝ち、前年にはCBC賞を勝つなど中京をもっとも得意とする彼。しかも、前年の暮れにはスプリンターズSで怪物タイキシャトルの2着。タイキシャトルのいないここはGI奪取の絶好のチャンスだ。
しかし、彼には弱点があった。

「重馬場苦手」

荒れた馬場を苦手とする彼にとって、敵は雨だった。
幸いにして、その日の愛知県の天気予報は「晴れ」
彼は一気に注目を集める。
有力馬として新聞に連日報道される。
GIタイトルの夢
それは目前に迫っていた。

しかし・・・
レース当日、あまりにも無情な雨。
人気を背負いながら、不得意の道悪馬場に苦しみ、
彼は馬群に沈んでいった。

レース後、彼をあざ笑うかのように雨は止み、
中京競馬場は夕焼けにつつまれた・・・

 

思えば、あの時が一番GIタイトルに近かった。
その後は骨折、フレグモーネ、繋靭帯炎・・・
不運が続いた。
そして引退。種牡馬になるも一年と経たずして引退・・・

彼は不幸だったのか?
いや、GIを勝てなくても、種牡馬失格の烙印を押されても、
彼はファンとともにあった。
これから余生を過ごそうとした矢先の急逝であったが、
多くの人々に愛された彼はきっと幸せだったと思いたい。

2002年11月29日
彼が旅立った日、日高の空は晴れていた。

 

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2002/12/22

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